先週の土曜日は、Aちゃんの初参加もあり、すっかり若者中心の会となった「からだの会」でした。
みんないろいろあるみたいだけど、 ヨガや太極拳をやれば、固い体も頭もほぐれるからね。 そこから考えればいいんじゃない。 ガッチガチの体と頭で考えたり、やろうとしても そいつはうまくいかないよ。 ハイ、ゆるめて、ラクになりましょう。 いい考えが浮かぶのはそれから。 考えてみれば(いや、そう考えなくても)ぼくらがやっている「からだの会」というのは、ぼくが書いているこのブログそのものといってもいいんだよな。
ぼくはヨガや体操といったことにうちこむ気持ちを持っているわけでもないし、何かのためにヨガなどをやっているわけでもないし。 つーか、ぼくがやっていることは仕事も含めて、全部、まー、1つだといえるんじゃないかな。 いろいろ考えたり、書いたりしていることの表現の1つが体操やヨガであったり、みたいな。 だから、好きな音楽を聴くのもヨガをやるのもぼくには同じだ。だって、オレ、ヨガそのものを追求したいなんて思ったことないもん。ただカラダについて自分でいろいろ考えたり、感じたりしたことを、かなり忠実に実践しているだけなんだよ。だから日常も「からだの会」も同じってわけさ。 そんなある意味「個人的」な会だからか、新参加者の定着率は、相当に悪い(^_^;) でもかつてのメンバーが外国から来日時に参加してくれるといった、結びつきもある。 深い関係になる人は相当に深い。 というわけで、アフリカから来ている旧メンバーが参加する次回は、24日金曜日18時~早稲田奉仕園にて、となります。 よろしく~ 日本的にいうと、押さば引け、ということになるのかしら。
太極拳の練習法の1つですね。互いの手の甲を合わせて、相手が軽く押してきたら、軽く受け流して、こんどはこちらが押す、それを相手が受け流して、というのを延々と繰り返すシンプルなトレーニング。 これがカンタンなようでいて、深いんですよね。しばらくやっていないけど(^_^;) 二人ともどこにも偏った力が入ってません。 このからだの動き方は、そのまま人生に応用したくなるんだよね。 相手の力を真正面から受け止めてはいけないんだよ。それは相手に対しても失礼なこと。 やわらかく受け流してあげるのが、相手に対しても優しいことなんだと、思わなくちゃ。 自分だってね、自分の力をストレートに受け止めて欲しくないよ。 軽く流して欲しいよね。 そうして、やわらかく気づかないように、押し返して欲しいよね。 ガツンと受け止められて、ガツンと返ってきたらイヤだもんね。 やわらかく受け流して、やわらかく押し返す。 だれも力の存在を意識しない。 それが推手の極意。 深いな~ 歌のように情緒がなく、意味もないマントラという発声をぼくらの「からだの会」で毎回やります。
ぼくはやってる割に、その意味も知らないので「意味もなく」と書きましたが、ほんとは意味があると思います。ぼくにとっては意味がない、というだけです。 で、そのマントラですが、単純に「オー~」と声を出す、言葉のないお経みたいなものなんです。情緒を込めて歌うのとは違った、非情緒的な快感がありまして。やってみると、例えばぼくなんかは息が漏れがちなのか、一息が短く、迫力がありませんが、なが~く、声を保って強く出せる人もいます。訓練しだいなのかどうか、ぼくにはよくわかりませんが、たぶん先天的なものだと思います。 で、このあいだの参加者の若者(男子)が、とても声が伸びて、聞いていて気持ちがよかったな、と。からだの会のような場で、生身を付き合わせていると、その人自身が「自分」だと思っているのとはまた違ったものが出てくるところが、面白いんですよね。 たぶん彼は、自分の声についてそのように考えたことはなかったかもしれないけど、ぼくにはとても「しっかりした声」を持つ青年だと思えました。それは非常に素晴らしいことだと思えるんです。
部屋にこもって原稿を書く仕事が続いている。かなり運動不足だ。家にいても体操や散歩ができるのに、余裕のない日が続いた。腹が出てきた、こりゃマズイ!
さて、今週土曜は月末恒例のわれらが「からだの会」。 ![]() これは中国伝来の「八段錦」という気功体操。これも気持ちよくなる過程のヒトコマだ。先月は若者が3人参加で、華やいだ。今回はどうだろうか、もっと華やぐのだろうか?地味になるのだろうか? 時間・場所は会のHP(link参照)でどうぞ。だれが参加してもいいので、だれかの知り合いでも、でなくても、希望者はぼく宛メールもしくはコメント欄もしくは会のメールか掲示板(HP参照)でその旨をご連絡下さい。体操して、気持ちよくなって、ビールを飲みましょう。焼き鳥を食べましょう。 でも体操をすると太らないから大丈夫! リラックスしたいな、というときは
友達と会うときも自分ひとりのときも ついお酒を飲むことになってしまいます。 でもこんな風に、イトイと伸坊のように お酒抜きでこんなにリラックスしておしゃべりできるのもいいなぁ。 年はこんな風にとるものなんですね。 まだまだヒヨッ子だね、わたしゃ、ハハハ。 あ、でもぼくらのヨガの会もちょっとこんな感じかも。 体操しながらおしゃべりしてるんだ。 体操とゆるいおしゃべりが半々ぐらい。 今月は31日開催。今週末と間違えるところだった(^_^;) ホームページはこちら。 ほどよいゆるさが、おわかりいただけますかしら? 音楽好きなら靴も嗅いでみよう(??) 中年のゆるさに同調してくれる方、 どなたでも参加をお待ちしています。 土曜日の夜なので、参加しやすいのかしにくいのか、 微妙なところなんですけどね~ ちょっと久しぶりの更新でした。 読んでいただいて、どうもありがとう。 速く歩くのも、ゆっくり走るのも(速くてもいいけど)
それはどっちも目的は同じなんですよね。それはつまり、解放でしょ。 溜まって鬱屈している体のエネルギーを体の外に解放してやるということです。 それを解放してやらないと、どういうことになるかといえば、 暴言、けんか、というハードなものから、皮肉、揶揄といったソフトな(^_^;)ものまで、 他人に攻撃をしかけることになってしまいます。 攻撃によって、発散がなされればよいのですが、攻撃もできずに自分に向かった場合は、 内向して、ストレスを溜めたり、病気を誘発したり、と非常に健康に悪いことになってしまいます。自分自身を攻撃してしまうわけですな。 つま~り、速歩であろうが、遅走であろうが、ほかのどのようなスポーツであろうと、それは結局、健康のためになるんだ、と結局はそういうことなのですよ。 それぐらいエネルギーを溜めることはよくないことで、それはぼくのようにずーっと家にいて、パソコンに向かう時間が長い仕事をしていると、実によくわかるのですな。それこそ、手に取るようにわかります。だから誰にも反論の余地はありませんですよ。 それはもー、エネルギーが溜まるということは、イライラすることですよ。 イライラ、といえば、この夏は相当に暑かったですが、衣良、石田衣良のこの小説が、とてもその気候に似合いました。 ![]() 池袋西口の八百屋の母子の物語、といっちゃうと全然違いますが。テレビドラマでは母が森下愛子、子が長瀬智也。先にドラマをちょくちょく見ていたから、どうしても本を読んでいても、役者の顔が浮かんでくるの。でも、とても合っているんだけどね。 どんな話かわからんですよね。池袋のストリートに棲息する愛すべき若者たちのストーリーですよ。今年の夏は暑かった。小説の中も暑かった。ですよ。 ドラマをまとめてレンタルしちゃおうかな。次の半額セールで、ハハハ。 ![]() うちの家族はだれも風邪ぐらいでは医者にかからないので、インフルエンザというものがどういう病気かを知らないんだ。だからぼくは、自分や家族がインフルエンザにかかったことがあるのか、ないのかすらわからない。ふつうの風邪とどのように違うのだろうか?
そしてそれは強い薬を飲まないとなおらないようなものなんだろうか? 基本的にぼくは風邪のようなものはすべて風邪とみなしているから、必要な対応をしておわりだ。温かいものを飲むとか、寝るとか、汗をかいたら拭くとか、まーそういうことですけど。 息子などはひたすら眠って、ものも食べない。動物みたいなものですな。あ、寝てるな、と思っているうちに、起き出すと、もうなおっています。赤ちゃんの頃からずーっとそうです。 こんなことを言うと、おまえのところは医者嫌いで、病気をしても医者には絶対、行かないんだな、などと極端に受け止められることがあるので、困るんですけど。 風邪ぐらいだと、いまこのような状態だから、あとどれぐらいたったら、熱が高くなるだろうとか、汗をかくだろうとか、なおるとか。ていねいに観察してきたおかげで、そういうことがわかるし、医者にかかっても変化しないだろうと思うから、かからないだけなんですけどね。 な~んて、言うやつって、かわいげがないんですけどね、我ながら。 でも、つまり風邪を病気の範疇に入れていないんです。風邪はカラダの調整作業だと思っているから(整体の野口晴哉氏の受け売りなんですけどね) ![]() かつてものすごく影響を受けた本です。ぼくにとっては哲学書あるいは超実用書といってよいかも。この本のおかげで、物事をポジティブに考えることができるようになった、と思う。
マイミクのMさんの日記で知りましたが、北海道にはカツゲンという飲み物があるそうです。
ぼくならすぐに漢字が浮かびます。「活元」ですね。と思ったらどうやら「活源」という字でした。 で、「活元」のほうは飲み物ではなく、ぼくらが「からだの会」でやっている運動の一つ。「活元運動」といいます。「活源」はいまだ飲んだことはありませんが、「活元」のほうはいつもやっています。 これは野口整体の故・野口晴哉(はるちか)氏が提唱したもので、無意(意識しない)のカラダの動きを訓練して、カラダを活発にするという健康法あるいは体育の考え方です。やりかたは簡単で、しばらくの時間、無意識のカラダの動きに身をまかせればよい、というだけです。自然に出てくる動きがいちばんその人のそのときのカラダに叶った運動だ、という考え方ですね。 これでからだのつかえやゆがみ、緊張がとれて、すごく気持ちよくなるとともに、元気になります。ぼくはもうこの運動なしでは生きていかれません。それぐらい自分には身近な運動になっています。 この無意識の動きを活性化するという考え方は、いまではけっこういろんな方面に使われているように思います。健康法だけでなく、スポーツ界などでもね。というか、むしろさまざまな方面にすでにあった考え方と言った方がよいのかもしれませんが。それにきちんと理論的な裏付けをして方法化した一人が、野口氏だったということでしょう。 アタマでカラダに指令を出して、こういうことをやれ、こういうふうにやれ、というのではなく、カラダのなすがままにまかせるという考え方、ぼくは大好きですね。カラダの自然にまかせればうまくいくというのは、究極のエコだといえるのではないでしょうか。 もちろん月1度の「からだの会」でもよくやっています。 3月は24日6時~8時、高田馬場です。 ぼくらは何か専門的に追求しているわけでも、健康オタクでも、まして宗教家でもありませんので、怖がらず(^_^;)、かる~くカラダを動かして気持ちよくなりたい方のご参加を待っています。さいきん参加者が少なくて寂しいの、ほんと。
というわけで(きのうの続き)、ぼくらはからだの会で体操をやっていて、ヨガもやっているということになっているのだが、実はぼくはそれほどヨガというものに関心がない。いまパワーヨガとかホットヨガとかが流行っているようで、ことばくらいは知っているのだけど、ああいうアクロバティックなものには興味が湧かないんですよね。じゃ、なんでこんなことをやっているのかというのは、話せば本当に長くなるので、今度にします(^_^;) ただヨガは、かなりお借りしているというのは確かですけどね。ヨガにはすごくよい形がたくさんあるから。
じゃ、何をやっているのかということになるのだけど、「からだの会」をやっているんだ、としか言いようのないところがあるんです。単純にいうと、からだをほぐし、ゆるめて、気を通し、元気になる、と。ほかでは得られない快感を得る技術をぼくらはひたすら磨いてきた、ということになるかなぁ。もちろんたいしたことはないです、片手間にやっていることですから。ぼくらのかつての先生(岡島瑞徳さん)は体の中心感覚を磨くという言い方をされていますが。 なんかこういうわかりにくいことをスンナリ受け止めてくれるのが、地元のコミュニティセンターでぼくが教えるときに来てくれる年配の女性たちなんです。あの方達は、アタマがやわらかいの。 どうして年配の女性はアタマがやわらかいのかというと、きっとウソや間違いに翻弄されてきた経験がたくさんあるからでしょうね。だから、こうあるべき、という縛りから自由な気がするんですよ。それが歳をとるということなのかしら。だったら、いいな。 < 前のページ次のページ >
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